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『北京籠城 (1965年) (東洋文庫〈53〉)』

義和団の乱に際し北京公使館街籠城を余儀なくされた二人の日本人、すなわち柴五郎(日本公使館付武官)の講演録「北京籠城」と、服部宇之吉(東京帝大助教授)の「北京籠城日記」「北京籠城回顧録」を合わせて一冊としたもの。古本屋をふらふらしていたら、500円で売りに出ていたので、東洋文庫だしとりあえず買いだなあと思って購入。ぱらぱら見ているうちに一気に読んでしまった。

義和団の乱については、戦史記事レベルのもので通り一遍の知識はあったものの、やはり当事者の手記というのはディティールが面白い。民家や路地の壁越しの攻防においては、銃など撃っても埒があかないので、煉瓦片や石片を投げ合っていたこと、粛親王府の高級な衣服・緞子なども遠慮せずどんどん土嚢袋に使ってしまったこと、映画『北京の55日』にも出てくる寄せ集め砲(使われていなかった仏製か英製の砲の砲身にイタリアの砲の予備砲架と車輪を付け、拾った敵弾を再製し、和紙で紙縒を作って火口とした砲。操砲はアメリカ兵)のことなどの記述を読むと、必死の末にやったことがかえってどこか滑稽の印象を残すし、また当人たちもそのように思って記述している節がうかがえる。また、義和団の難を逃れてきた中国人クリスチャンの中でも旧教徒と新教徒との間で争いがあったこと、服部宇之吉が翰林院の消火作業中、永楽大典を見つけ、思わずG・E・モリソンそのほか数名とともにこれを避難させようとしたことなど、どちらも人間の業だなあとしみじみしてしまった。

なお、ミリオタとしては、双方に重火力がない場合の胸壁その他簡易防御施設の有効性、防御戦闘における時宜を得た逆襲の重要性、戦線整理の必要性というのが書いてあると思いました。本職の人には後者2つの判断の参考書になるんじゃなかろうか。

あと義和団の乱からは少し外れるのだけれど服部宇之吉『北京籠城日記』で気にかかった一節。

最初布教のためにきたりしジェスイット派教士中には、この難関*1は普通の手段にては過ぐべからずと見たりしかば、狡猾なる方便を案出し、一方理論上にては、支那における祖先崇拝は、宗教的儀式にあらずして礼俗的儀式なり、ゆえに祖先の祭祀は、拝偶像戒を犯すものにあらずと付会し、また一方礼拝上にては、祖先祭の時に、香または花の中に最小の十字架を蔵(かく)しおき、心裏にわれは十字架に向かって拝をなすなり、けっして偶像類似のものを拝するにあらず、と念じて拝すという遁路(にげみち)を開けり。これもとより一時の権略にすぎず、そのうえ、祖先崇拝を礼俗的儀式と見る説は、羅馬(ろーま)法王の裁決により斥けられたりといえども、またもって、祖先教が西教*2の弘布に対し、有力の妨碍(ぼうがい)たりしことを証するに足る。

前段、戦時中の日本のキリスト教団といっしょだ。

*1:引用者註:中国の祖先信仰が強く、キリスト教化が難しいこと

*2:引用者註:キリスト教のこと