サンドロがあと20才歳食ってたらあり得たな

 かつての同志が出会うたび、議論はつづいている。ただし、むりからぬことに、アレッサンドロ・リッチの名はめったに口にされない。たまにだれかが、無鉄砲から、感傷から、あるいはまったくの迂闊からもちだして、一瞬座がしらけることはあるが、それもすぐにうちすぎる。例えばつい先日も、チネチッタにある公社の再建なった訓練学校――再び隠語で“保育園”――を出たばかりの新人が、酒場の若手の席で口にのぼせた。というのが、最近チネチッタではドルフィン事件のストーリーを希釈して、集団討議用に、あるいは模擬演習にも使っていたから、かわいそうにまだひよっこの若造は、それなら自分も知っているとばかりに有頂天になってしまった。「だけど妙だなあ」海軍の上級士官室で少尉候補生に間々許される愚者の自由をいいことに、彼は言葉を返した。「妙だなあ、どうして誰もこの事件におけるリッチの役割を認めないんだろう。荷を負ったものがいるとすれば、それはアレッサンドロ・リッチじゃないか。彼こそは矛先だったはずだ。だってそうだろう、正直なところ」むろん、彼にしても、“リッチ”や“サンドロ”の名は出さず――知らぬからではよもやない――任務期間中サンドロにつけられていた暗号名を使いはした。
 この逸れ球をさばいたのは、フェッロだった。フェッロは長身で、タフで、優雅で、初任務を待つ新人たちは、たいてい彼女をギリシャの神かなんぞのように仰ぎ見る。
「リッチは火を掻き起こしていた棒だったのよ」彼女は端的に言って、沈黙をおわらせた。「どんな義体担当官もあのていどには、いや、もっとみごとにやれた者だっていたでしょう」 
 若造がまたわからずにいると、フェッロは立って行って、ひどく蒼白な顔を相手の耳に近寄せ、飲めるならもう一杯おかわりしてきなさい、そして今後数日、いや数週間、口を慎むことねと厳しくいいふくめた。

まあ義体はトビー・エスタヘイスの部下になるんだけどな。