質か量かとか、そもそも質が足りない疑いがあるとか

アメリカの最新鋭戦闘機、F-22ラプターといえば、世界で初めての第5世代戦闘機として斯界の注目を集め、自衛隊の次期主力戦闘機の候補とか何とか言われたりするぴかぴかの新鋭機だ。その新鋭機を「役立たず」とする論考が専門家から出てきたそうで、1マニアとして驚いている。マニアが驚いてもしょうがないんだけども。

批判の口火を切ったのはF-15F-16A-10の設計を担当した米国を代表する天才的戦闘機デザイナーのピエール・スプレイ氏だ。ピエール氏は米軍備計画にもっと影響力のあるシンクタンク「米軍事情報センター(Center for Defence Information)」で行われた「F-100からF-18まで、四半世紀の戦闘機を比較する」と題された講演で過去四半世紀の戦闘機の仕様、機能、戦果や空戦テスト結果などを詳細に分析。その上で、第二次世界大戦からベトナム戦争までを通じて空中戦で喪失した65〜95%の戦闘機は、敵機の存在すら認識することなしに撃ち落されていることを指摘し、
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更に過去四半世紀の米国の戦闘機の空中戦(ドックファイト)能力などを数値解析した上で、米国の戦闘機のドックファイト能力は朝鮮戦争当時に活躍したF-86セイバー以降、基本的に進歩はしておらず、大きな機体のサイズを持ち(相対的に目立ち)、ドックファイト能力が劣り(機体が大型な分、機動性に劣る)敵の方が先に目視される可能性の高いF-22が数で圧倒する敵機と遭遇した場合は、第二次世界大戦末に登場し、性能では他国の戦闘機を圧倒した70機のMe-262(史上最初の実用ジェット戦闘機)が米国の2000機のP-51に対してまったく戦果を上げられずに、打ち落とされてしまったように負けてしまうだろうと論じた。

スプレイ氏のF-22批判を更にバックアップしたのが、米空軍トップガンの戦術専門誌「トップガン・ジャーナル」の編集長を務め、戦闘機の空中戦術研究の分野では第一人者となるジェームズ・スティーブンソン氏だ。スティーブンソン氏は同じく米軍事情報センターで行われた「F-22は四半世紀後にどう評価されるか」とする講演の中で、セルビアでの戦闘ではステルス戦闘機のF-117の喪失率がF-16よりも高かった。また、セルビアで撃墜された2機のF-117戦闘機は1950年代の旧式武器によって撃墜されたことなどを挙げ、優秀な戦闘機にもっとも必要な条件は敵を先に目視できることであり、ステルス性能ではない。ステルスでも敵に目視されたら終わり。来るべき戦争では再びドックファイトが主体となる。戦闘機同士の戦いはステルス性能よりドックファイト能力の優劣が勝敗を決定する、と論じた。

米次期主力戦闘機「F-22ラプター」は失敗作、天才戦闘機デザイナーと戦闘機戦術の第一人者が空軍の戦闘機開発戦略を批判
http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200608162241

その数値解析がどういう内容だかわからないし、内容がわかってもそれを分析できる能力はないわけだけれど、この記事を読む限りではいくつか疑問がある。

  • そもそも被撃墜理由の解析って意味があるの?

むしろ何故敵機に気づかなかったのかの方が大事で、だからこそのステルスなんじゃなかろうか。

  • 視認ってそんなに大事か?

昨今の戦闘機の主兵装はレーダー誘導式AAMだけれど、これ機のレーダーが敵機を捕捉しないとちゃんと狙いがつけられない。相手がレーダーで捕らえにくく、当然視認もできない距離から、場合によっては僚機やAWACSのレーダー情報を受け取ってミサイルをぶっ放す先制攻撃がF-22の売り。

  • 質の差を凌駕するだけの量をそろえられる国ってあるか?

噂レベルでは「1機のF-22は5機のF-15を圧倒」なんて言われている。これが本当だとすれば、F-22は第4世代戦闘機5機に匹敵する。90機のF-22は450機の第4世代戦闘機に匹敵する。さて、450機の第4世代戦闘機をそろえている国というとロシアくらいなもんだ。中国のSU-27系列も最大限でそのレベルだろうといわれているけれど……。もちろん仮にF-22がその辺と相撃ちになったとして、アメリカには1000機のオーダーででF-16・F-18が残っている。

  • F-117は例として不適当では?

開発意図秘匿のために戦闘機コードを割り振られていただけで、実質的には攻撃機。しかも、ステルス機だからこそ危険性の高い目標攻撃を命じられたとも考えられるわけで、喪失率だけを比較してもしょうがない。また、確か湾岸戦争イラク戦争の総括として、ステルス機は防空網に捕捉されにくいため、支援機が少なくて済むためストライクパッケージが小規模で済む、という戦訓があったはず。

あと「90機のF-22を実戦配備するよりは、同じコストで調達可能となる1800機のF-16を実戦配備した方が戦争で勝利を収めることができる」という主張も載っているんだけど、これはそもそも順番が逆なんじゃないかなーと。1800機もF-16を増備すれば、整備だの隊の事務方だの含めて多分10000人くらいの増員が必要になる*1。もっともライフサイクルコストの高い「人間の数」をなるべく減らしたいってことで、高価だが高性能の機体を採用しているっていうのがここのところのアメリカの兵器調達政策のトレンドだったはずだ。

しかし「米国の戦闘機のドックファイト能力は朝鮮戦争当時に活躍したF-86セイバー以降、基本的に進歩はしておらず」ってねえ。狭義のドックファイト(旋回格闘戦)ならいざ知らず、空戦能力全般と考えると大げさ。っていうかF-86Su-27と戦ってからそういうことを言えばいいと思う。

*1:大雑把な試算だけれど、福利厚生まで込みで一人あたり一年に10万ドルかかるとすると10億ドルの経費が別に必要となる