『あたらしい朝』に期待して、仮装巡洋艦トールの航海の軌跡などについて
黒田硫黄のアフタヌーンでの連載「あたらしい朝」だが、相当の下調べをしてから描いているものと思われる。砲撃が目標を包むように弾着する事を「夾叉(きょうさ)」といって、照準が正しいことを示すのだが、この説明描写もうまい。そういえば彼の初期作「黒船」もかなりイギリス海軍のことをしっかり描いていたような……。射撃の単位にヘクトメートルを使っているところや、Ar196でのアンテナ切断作戦を描いているところなどを見ると、考証がかなりしっかりしている、どころか非常に厳密で、仮装巡洋艦トールの史実での来し方行く末が作品に絡んでくるのは間違いないだろう。以下に今月号で描かれたトールの行動およびトールのこれからについて簡単に記しておく。ある意味ではネタバレと言えなくもないだろうが興味がある方はどうぞ。
つってもまあ、手元にあまり日本語の資料がないので
Hilfskreuzer (Auxiliary Cruiser / Raider) - Thor
こちらのページを参考にさせていただく。トールの写真などもあるので、ぜひご一読を。
トールのそもそもの任務はインド洋における通商破壊で、イギリスのインド洋交通に大きな被害を与えること期待されていた。「あたらしい朝」に描かれているのはトールの第二次出撃での航海にあたり、その出発は1941年11月30日であった。
上記ページによるとトールの主要目は
- 排水量:3862トン
- 全長:122メートル
- 幅:16.7メートル
- 機関:タービン6500馬力
- 速力:17ノット
- 航続距離:40000海里
- 乗員:349名
- 兵装:155mm単装砲6基、37mm連装機銃2基、53.3cm連装魚雷発射管2基、Ar196水上機1機ほか
とのこと。航続距離の40000海里というのはべらぼうに長い数字で、ロサンゼルス−ハワイ間がおよそ2000海里といえばその長距離ランナーぶりがうかがえるだろうか。長期にわたってイギリス商船を付け狙う任務に打って付けの船である。
トールがナンキンを沈めたのは1942年5月10日のこと、搭載機によるアンテナ破壊は「あたらしい朝」ほどは上手くいかなかったようで、搭載機とナンキンの間に銃火の応酬があったようだ。乗客は軍人、女性を含んで185人、これに180人ほどの船員を加えた数が捕虜となった。ナンキンは“ Leuthen”と改名されて日本に回航される。
次いでトールの獲物となったのは、オランダのタンカー・オリビア(Olivia)。6月14日、「あたらしい朝」に出てくる通り、トールは薄暮下航空機が使えない状況で、砲撃によって同船を沈めている。この後6月19日には、ノルウェーのタンカー、ヘルボルグ(Herborg)を搭載機の活躍によって拿捕*1、7月4日には同じくノルウェーのタンカー、マドルノを同じように拿捕し*2テンポよく戦果を挙げている。
それからおよそ2週間ほど経った7月20日、トールはイギリスの貨物船インダス(Indus)と遭遇する。インダスはトールに対して激しく抵抗するとともに、「ドイツ仮装巡洋艦出現す!」との電信を発信し続けた。程なくしてトールはインダスを制圧したものの、電信を聞きつけたイギリス軍艦艇が集まってくることを警戒し、一度通商破壊戦を切り上げることとした。トールはバタビア(現ジャワ)を経由して日本へと向かう。日本での補給の必要に加えて、トールには日独連絡船としての任務もあったため、日本側に搭載していた物資を引き渡す必要もあったのだ。ここが今月の最後の部分であろうか。
トールがいつ横浜に着いたのか、手元の資料では分からない。また、横須賀や佐世保といった海軍基地に入港しなかったわけも分からないが、当時本国に帰れなくなったドイツ船舶は横浜に集められている。防諜上の配慮や、長期係留を見据えての岸壁の有効利用を考えてのことではないか*3。横浜に到着してからしばらく経った1942年11月30日、トールは重大なアクシデントに巻き込まれる。トールに接舷して係留されていた補給船ウッカーマルク(Uckermark)が石油タンク清掃中に爆発を起こし炎上、火はあっという間に燃え広がり、トールも炎上してしまう。この時、やはり接舷して係留されていたあの拿捕船ナンキン、そして日本の貨物船・第三雲海丸も炎上の憂き目にあった*4。火勢は強くトールは乗組員に13名の犠牲を出し、船体は全損となった。
故郷に帰る手段を失ったトールの生き残りの乗組員は、防諜上の配慮もあって箱根を滞在先と指定され、そこで実質的に抑留生活を送ることとなる*5。この時船員の受け入れ先となったのが松坂屋という旅館であった。実は5年ほど前、僕はこの松坂屋にそうとは知らずに泊まったことがあって、ロビーの脇に展示されていたドイツ船員たちの集合写真に見入った記憶がある。彼らはドイツ敗戦後はもちろん、日本の敗戦からもしばらく箱根に逗留することを余儀なくされた。祖国復興が焦眉の念となる中、遠い異国の地で日々を送らねばならなかった船員たちの心境は、いかばかりであっただろうか。あるいはその「帰りたくても帰れない」あたりがマックスの物語の中心になるのかも知れない。
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未読だけど参考になりそうなもの
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