セカイ系システムは象徴君主制という形で実装されているのではないだろうか

地方の有力企業を訪れると、例えば工場の入り口に行幸/行啓を受けた際の写真が飾ってあることがある。そういう企業はだいたい、中央の一般紙でニュースになるようなことはほとんどないが、業界内やその地方でつとに知られたところであることが多い。このとき天皇/皇族は顕在的にせよ潜在的にせよ、「誉める主体」として存在してる。つまり行幸/行啓を受けた企業が、収益とは別の部分で「自分たちの会社が承認されていること」を感じるためのシステムなのではないかと思うのだ。
って書くとなんか非モテ論にも通じてしまいそうだなあ。